友達と遊ぶ習慣がなくなり寂しさを感じる秋のはじまり

by koxtuichi - Fri 04 October 2019
Tags: #DP2 #thinking

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高校を卒業したあとの春のことです。夢と希望と服と鞄とお金をもって上京してきました。自分が住むことになるマンションはすでに契約していたので、夜行バスで疲れてはいたものの、期待を胸に6畳ワンルームの部屋に入って荷物をおきました。

『まずはなにをしよう、とりあえずは散歩かな。』全てが新しく自分にとって未知なものだらけでした。家の近くにあるスーパーも聞いたことのないお店だったことや、もともと関西出身だったこともあり、街の人が話す標準語がとても奇妙なものでした。

それから間もなく、これから通うことになる専門学校の入学式が始まることになります。音楽の専門学校だったことも影響してか、式には頭が爆発している人や腕に蛇を飼っている人、また僕と同じ種類の人間であろう陰キャの人たちがいました。もちろん差別用語ではありません。親しみをもって書いています。僕はその陰キャの3人と連絡先を交換しました。

同じ夢を追う者どうしであるため、仲良くなるまでの時間はとても短かったように思います。それからはお互いの家でこもって曲を作ってることがほとんどでしたが、スカイプで夜中に話をしながら曲作りをしたり、楽器屋を巡ってひたすらギターを弾いたり、渋谷のスピーカーを売っているお店でひたすら自分たちが作った曲をながしたりと、同じ時間を共有できた大切な友人たちです。

専門学校に通った2年間はとても濃いものでした。本当に貴重で、今思い返してみても楽しかったなぁと、あのときに戻りたいなぁと思ってしまいます。しかし結果的に僕は社会人になってからほとんどの友人たちと遊んでいません。連絡を最後にとったのも1年以上は前のことだと思います。

『これが大人なんだな。仕事を始めると時間がなくなるって聞いてたけど、ほんとに毎日が忙しいし疲れるし、休む時間も取るとなると本当に時間がないんだ。』

ずっとそんなふうに思っていました。全ては仕事のせいで、仕事があるから友達とも疎遠になる。周りをみても孤独な人が多かったと思います。そのため、解決するための方法を聞ける人は周りにはいませんでした。一人で悩むことになりますが、仕方がないという意識が強かったために段々とその寂しさは感じなくなっていきました。

しかしつい最近のことです。あまりにも遊ぶことをしない僕に対し、友達に連絡したらどうかと提案されたことがありました。その提案を聞いた時は、今更連絡することは恥ずかしいという気持ちや、友達も会いたいと思ってくれているわけがないだろうという決めつけしかしませんでした。しかしすぐに受け入れることのなかった僕でしたが、その提案を聞いてから日が経つに連れて、少しずつ気づき始めたことがありました。

『僕はなんて否定的なんだろう』

誰からなにを言われてもプライドの高い僕はまず否定から入ります。「でも」「どうせ」「できない」こんな姿勢だからこそ学校を卒業してから7年経って友達の少なさに嘆いているんじゃないかと感じます。

僕は学校という恵まれた環境の中で自分からは積極的に動こうとせず、周りからの気遣いのみに甘えていました。だからこそ卒業してから遊べなくなったことを仕事のせいばかりにして、寂しいという不満しか言わない人間になってしまったのではないかと思っています。

今感じている寂しさはただの欲張りで、甘えん坊な僕が人を想う行動をしなかったからこその結果だと自覚しました。人に会おうとすることは自分が遊びたいからという自分本位な行動でもあると思いますが、なによりも友人とずっと仲の良い関係を保ちたいという相手を想う気持ちがあるからこそ、生まれる行動なのだとも思います。

また自分への不満ばかりになりましたが、今日は誰かのためにできる行動を一つだけ書き出す努力はしたいと思います。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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《かくれんぼがしたいフェレット。シャオの様子。》

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